甲子園【高校野球】伝説@プロ選手達の繰り広げた名勝負

プロ野球選手の高校時代の活躍を詳細と共に振り返ります。甲子園で演じたドラマの数々を経てプロの道に踏み出した選手を紹介します。甲子園での名勝負も紹介。

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大阪・大阪桐蔭高校 浅村栄斗選手

埼玉西武ライオンズ


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浅村 栄斗(あさむら ひでと)

生年月日:1990年11月12日

埼玉西武ライオンズ(内野手)

2008年 ドラフト3位入団



井高野小4年からソフトボールを始め、井高野中1年から硬式の都島ボーイズで野球を始める。

大阪桐蔭高校進学後1年秋からベンチ入り。

春の甲子園ではベンチ入り出来なかったものの、2年夏からは二塁手で背番号14ながらもレギュラーとして出場。



最高学年となった新チームがスタートするとショートを守るようになり、2008年の夏の甲子園に出場。

1番ショートで全6試合に出場。

持ち味であるシュアなバッティングと、センス抜群の軽快な守備でチームを牽引。

1回戦から決勝までの6試合で2本塁打を放ち、守備でも好プレーと攻守に渡る活躍で大阪桐蔭高校の全国制覇に貢献。

一回戦の日田林工高戦で5安打を放ち、二回戦の金沢高戦では2本塁打を放った。

守備面でも10回にセンターに抜けようかという打球を好捕、ノーバウンドスローで一塁に送球しアウトとした。

決勝の常葉菊川高戦では7回の守備で無死二塁でピッチャーのグラブを掠めた打球を三塁に送球しアウトをとるなど美技といわれる守備で注目された。

高校最後の打席も、左翼へのソロホームランで飾った。



2008年のドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから3位指名を受け入団。

高校通算22本塁打。50m6秒2、遠投100m。
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西東京・早稲田実業高校 斎藤佑樹投手

北海道日本ハムファイターズ


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斎藤 佑樹(さいとう ゆうき)

生年月日:1988年6月6日

北海道日本ハムファイターズ(投手)

早稲田大学教育学部社会科社会科学専修に在学中

2010年 ドラフト1位指名(2010年10月31日現在)



2004年、推薦入試で早稲田実業学校に進学。

実家を離れ、東京で兄と二人暮しを始める。

野球部では1年からベンチに入る。

2005年、背番号1を着けて臨んだ2年夏の西東京大会では、日大三高との準決勝で、3本の本塁打を浴びてコールド負けを喫した。



2年秋の都大会では新チームの副キャプテンを任された。

準決勝で再び日大三高と対戦、今度は完封勝利を挙げると、そのまま決勝も制した。

11月の神宮大会はベスト4。

2006年、春の高校野球選抜大会(第78回大会)に出場。

2回戦で関西高と引き分け再試合の末勝利を収めるも、準々決勝では横浜高に打ち込まれて敗退した。



同年、3年夏の西東京大会では、決勝で三たび日大三高と対戦。

延長戦の末サヨナラ勝ちを収め、夏の甲子園大会出場を決めた。

甲子園では、準決勝までの5試合全てに先発して相手を2点以内に抑え、さらに3回戦では本塁打を放つなどして、早稲田実業の1980年以来26年ぶりとなる夏の決勝進出に貢献。

夏の甲子園大会で3連覇を目指す駒大苫小牧高・田中将大との投手戦になった決勝戦は、延長15回でも決着がつかず、1969年夏の松山商高対三沢高戦以来37年振りの決勝引き分け再試合となった。

翌日の再試合でも斎藤は自ら先発を志願、最後は田中を三振に打ち取って接戦を制し、早稲田実業を初めて夏の甲子園優勝に導いた。

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宮崎・日南学園高校 有馬翔投手

福岡ソフトバンクホークス


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有馬 翔(ありま しょう)

生年月日:1990年6月5日

福岡ソフトバンクホークス(投手)

2008年 ドラフト4位入団



中学時代は宮崎リトルシニアに所属。

3年のときシニア日本代表に選ばれ、この時のチームメイトに後の同僚となる近田怜王(報徳学園→福岡ソフトバンク)や土屋健二(横浜北海道日本ハム)、宮本武文(倉敷→巨人)らがいる。



日南学園高等学校時代は、2年時に夏の甲子園に出場した。

日南学園は2回戦からの登場で、桐光学園(神奈川)と対戦。

延長11回、中本の本塁打を含む4長短打に失策が絡んで4点を奪い、9-6でしぶとい桐光学園を振り切った。

ミスにつけ込み同点とした5回以降、淡泊になっていた打線が最後はつながって打ち勝った。

桐光学園は10回に3点差を追いつく粘りを見せたが、5回途中から好投していた2番手の丸山が、延長に入って7失点と崩れた。

3回戦では春の覇者・常葉学園菊川と対戦。

日南学園は5回に5安打を集中し、常葉菊川エース田中(横浜)を攻め3点を先取し、主導権を握った。

しかし終盤、有馬がやや疲労の見えた8回に痛恨の一発を許し2試合続けての延長戦になり、最後は春の覇者に3-4xで屈した。



同級生には中崎雄太(西武)がいる。

2008年10月30日のドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスから4位で指名された。

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福井・敦賀気比高校 山田修義投手

オリックス・バファローズ


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山田 修義(やまだ のぶよし)

生年月日:1991年9月19日

オリックス・バファローズ(投手)

2009年 ドラフト3位入団



敦賀気比高では2年春と3年夏に甲子園に出場。

2年春の選抜では初戦に天理(奈良)と対戦。

2年生エース山田も粘りの投球を見せたが1-5で敗戦。

3年夏では1回戦で帝京(東東京)と対戦。

帝京がそつのない攻撃で、序盤に5点を奪い、敦賀気比の山田も四回以降立ち直ったが、打線が援護できず1-5で敗れた。



3年春の福井県大会では、大会記録の1試合20奪三振を記録。

また3年夏の県大会では、49個の大会通算奪三振を記録し、内海哲也の記録を更新した。

内海は敦賀気比高の先輩で同じサウスポーでもあることから、「内海2世」とマスコミから称された。

2009年度ドラフト会議でオリックス・バファローズから3位で指名を受けた。

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千葉・成田高校 唐川侑己投手

千葉ロッテマリーンズ


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唐川 侑己(からかわ ゆうき)

生年月日:1989年7月5日

千葉ロッテマリーンズ(投手)

2007年 高校生ドラフト1位入団



小学校3年生から野球を始め、一貫して投手を務めている。

中学3年時にはKボール(ケーボール)成田市選抜のエースとして全国大会準優勝を果たした。



成田高等学校に進学後は1年夏からベンチ入りし、同年秋から背番号1をつける。

2年春の甲子園では1回戦の小松島戦で10奪三振を奪い3-0で完封し、一気に知名度を上げた。

2回戦の神港学園(兵庫)戦では打線の援護が無く0-2で敗戦。



夏の千葉大会では初戦の2回戦で市立稲毛戦に先発。

Aシードであり、優勝候補と目されていたが3-4で敗れる。

3年春の甲子園は初戦で延長12回の末、同年夏に準優勝した広陵高校に敗戦。

夏の千葉大会は東海大浦安戦で同大会28イニングス目で初となる失点を喫し、延長14回の末0-1で敗戦。



高校生のドラフト候補として中田翔、佐藤由規と共に高校ビッグ3と呼ばれた。

2007年のプロ野球ドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズと広島東洋カープから1巡目指名を受け、抽選で地元・ロッテが交渉権を獲得。

同年11月6日、契約金9000万円・年俸1000万円(金額はいずれも推定)で仮契約が成立した。

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